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小沢一郎へのメディアテロ(6−1)

2009/10/25 13:16

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状況のなかのメディア




小沢一郎へのメディアテロ(6−1)






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■ 目次

◆ 2大政党時代は政界再編で実現しよう
◆ 民主党への、マニフェスト破り進言の狙い
(以上は今回掲載)
◆ メディアの変革(次回)
◆ 小沢一郎はなぜ狙われたか(次回)


画像




◆ 2大政党時代は政界再編で実現しよう


いささか、感慨めいたものを枕にふらせてもらえば、衆議院の民主党圧勝のあと、わたしは虚脱感のようなものに襲われた。それは、書く情熱が引き潮のように引いて行く、不思議な気持ちだった。もうこれでいいだろう、という内面の呟きと、早く小説に帰ろう、という声が一緒にきて、長い間隔が空いてしまった。メディア論は今後も続けるつもりだが、そのなかの「小沢一郎へのメディアテロ」は次回をもって最終回とする。


さすがに、もういいだろう、という声は消え、少しずつ戦闘心が蘇ってきたが、同時に、小説に帰ろうという声は日ごとに強くなっている。メディア論の間隔は従来より空いていくと思われる。


さて、我が国では、世界でも例がないほどの長期にわたる独裁政権が続いてきた。それはわたしたち選んできた国民にも大いに責任のあることである。
資本主義国での長期独裁政権として、自民党は歴史に残るにちがいない。しかし絶対的権力は絶対的に腐敗する、といわれるように、自民党の最後は腐敗に満ち、政党の体をなさないものであった。賞味期限がとっくにすぎてからも延命できたのは、公明党と、大手新聞、大手テレビなどの「記者クラブメディア」が支えたからである。


自民党の再生はどうやらなさそうである。
それは2点からいえる。
ひとつは自民党の現状を見て再生が不可能だということだ。総裁選に向けて、もっともらしい情熱を語ったのは河野太郎だけだったが、それが今回の選挙で自民党を壊滅に導いた小泉純一郎の背後霊を背負っているところに、国民の生活の苦しさから乖離したままの、自民党の絶望的な深刻さが露出している。小泉「改革」の正体は「改革」利権だったのであり、その政策は国益なき売国的な性格のものだった。自民党は小泉「改革」で敗北したのに、まだ「改革」で痛めつけられた国民の怒りがわかっていないとしかいいようがない。


自民党の再生がないという2点めの意味は、現在の鳩山政権の生き生きとした政治主導の政治(脱官僚依存)、国家戦略室(局)や行政刷新会議(議長・鳩山由紀夫首相)の設置、事業仕分けの方法とその公開、国会改革や(一部ではすでに実現された)排他的情報談合組織「記者クラブ」による情報独占の停止を見ても、もはや能力において自民党は振り切られてしまったことは自明だからである。


万が一、自民党がふたたび政権を奪い返すことがあっても、またぞろ官僚任せ、族議員の跳梁、対米従属の政治が、世襲議員によって復活するだけのことだ。


2大政党時代の、もう一方の旗頭は、自民党ではなく、政界再編で誕生させなければならない。小沢一郎はそう動くにちがいない。



◆ 民主党への、マニフェスト破り進言の狙い


26日から臨時国会が開会する。
ところで、政権交代が現実化してから、大手新聞、大手テレビなどの「記者クラブメディア」はもちろん、御用評論家も、御用商人たちも、こぞって新しい主人に仕えるために豹変し始めた。田原総一朗もみのもんた(御法川 法男 みのりかわ のりお)も、悪相と馬鹿面は変わらないものの、商売繁盛のためにどうやら切り替えたようだ。メディアには、以前から自分たちは民主党を支援していた、と公言する司会者・番組さえ出ている。


わたしには、こういうことになるとわかっていたが、これが日本の大手新聞、大手テレビなどの「記者クラブメディア」の正体であり、メディアに使われていたオピニオンリーダーといわれる者たち、そして御用評論家、御用商人たちの正体である。このことを、わたしたちはしっかりと学ぶ必要がある。


先の大戦でも同じような現象が見られたのである。戦前戦中は鬼畜米英と批判し、敗戦を期にウエルカムアメリカに瞬時に転換した日本の大手マスコミの恥ずべき過去は、図書館に消せぬ過去として残っている。その体質は現在にも引き継がれている。


国家にとっても、民族にとっても、最大の惨禍は戦争である。ときの政権が外交を手放して戦争に暴走するとき、それを止めうるのは、今のところ第4権力としてのメディアしかありえない。このメディアが政治権力と癒着し、その広報機関として機能する恐ろしさが先の大戦時の日本だった。わたしが民主党に期待するのは、メディアと癒着しないうちに、このメディアの改革、とりわけ「記者クラブ」の開放を成し遂げることである。


自分たちが豹変したばかりではない。今まで民主党や小沢一郎へバッシングを繰り返していた大手新聞、大手テレビなどの「記者クラブメディア」は、民主党も同じ穴の狢にするために、さかんに豹変を促している。


かれらはあからさまにマニフェストは守る必要がないと、変更を促し始めた。
国民は民主党のマニフェストをすべて読んで投票したのではない、だから公約を破ってもかまわない、とりわけ財源がないのなら、国民に説明して、マニフェストの先送り、あるいは一部の縮小をしてもいいのではないかという次元のきわめて低い話である。自民党にたいしては赤字国債の発行を殆ど無批判に受け入れていたのに、民主党に対しては禁じるどころか、自民党政権が残した国の借金の総額を突きつけて、これ以上の赤字国債発行を悪として断じるのである。数字の多寡ではなく、内容が問題なのに、それを自分の頭で考え、他のメディアとは異なった批評をすることもなく、相変わらずのメディアスクラムである。


ずいぶんと国民を馬鹿にした論である。
たしかに自民党の悪政に痛めつけられて民主党に投票した側面はあろう。しかし国民は自民党以外ならどの政党でもよいとして、たとえば共産党に雪崩を打ったような投票をしたのではない。民主党のマニフェストをしっかりと読み、民主党の政策(公約)に自分の生活の救済を託したのである。国民の生活の窮状が実感できない分だけ、95兆円といった概算要求の数字にこだわり、子供にツケを回すなといったきれい事で片づけるのだ。


ここに10人の人間がいて、それぞれバラバラに民主党の<10>の公約に賛同して投票したとしよう。もし民主党が<1>の公約を破れば、<1>に賛同して投票した人物Aが怒る。別言すれば、他のBからJまでの9人の人物は怒らない。民主党は国民Aを裏切ったにすぎないというわけだ。これは形式論理的な屁理屈である。


<1>の公約を民主党が破るということは、1つぐらい破ってもどういうことはないという数の問題ではない。民主党は自民党と同じ体質の政治党派であり、そのマニフェストは、選挙期間だけの撒き餌だったという、政治姿勢や理念の問題、さらにいえば政治と言葉の問題である。


マニフェストを実行できない政党と、忠実に実行していく政党を見比べて、国民は次の選挙に赴く。そういうレベルにすでに国民の政治観は引き上げられた。これは民主党の大きな功績だといっていい。


民主党は騙されてはならない。
民主党に公約の変更を促す人びとは、2種類に分けられる。
ひとつは、裏では(あるいは表でホームページやブログで公然と)自民党の復活を待望している人びとである。かれらは一方で自民党の政権復帰を待望しながら、他方で民主党にマニフェストを破れとそそのかしているのだ。しかもマニフェストを破れと進言している政策と自民党の政策とが同じものだから、その狙いは明確なのだ。


ふたつ目の側面は、マニフェスト破りの進言が、メディアや野党の政治家といった、総じて経済の勝ち組からなされているということだ。つまり生活にはまったく困っていない、国民の生活の窮状が実感としてはわからない者たちが、理屈として喋っているだけなのだ。このことに民主党は最大限の注意を払っておかねばならない。政治家の方が、選挙を通じて国民の生の姿に触れているだけ、メディアや官僚よりも現実を知っているのだ。この認識だけはけっして手放してはならない。


もし民主党が、メディア改革、米軍普天間飛行場の移設、インド洋給油の打ち切り、子ども手当、高校授業料無償化、高速道路無料化、農家個別所得補償などのマニフェストを次々に破り、古い現実政治に戻れば、それは選挙のときだけ毛針をたれて、釣った魚には何も与えないという、古い政治に戻ったことを意味する。政権交代の最良のものが失われる。


政治に、言葉(マニフェスト)への信頼を託した大きなものが失われる。
国民は怒り、明確に次の選挙結果に反映されるであろう。そのとき、民主党にマニフェスト破りを進言した者たちは、無節操にも自分が進言した当のもの、マニフェスト破りに民主党の敗因を求めるにちがいない。我が国メディアのレベルの低さ、厚顔無恥の単純さは、すでに露骨に顔を出している。一方でマニフェストを破れ、と進言しながら、日本郵政の次期社長人事では「脱官僚」のマニフェストは嘘ではないか、と声高に叫んでいるのである。



(姉妹サイトのライブドアブログ「兵頭の希望の逆ねじ」で、童話「狼煙」のろし 全共闘記その8)の連載をしております。
この作品は昭和56年に出版されたもですが、今回の書き直しをもって決定稿にします。
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